2008年12月23日

世界最大のビジネス市場『麻薬ビジネス』。激化するメキシコ『麻薬戦争』の実態。

政府が麻薬密輸組織取り締まりに
軍を投入し、「麻薬戦争」ともいえる状態が
続いているメキシコで
頭部を切断された兵士ら9人の遺体が
一度に発見される事件など
麻薬組織の残虐な報復が多発し
国民を恐怖に陥れている。
【ニュースはこちら】

現在、世界最大の麻薬マーケットである
米国に流入しているコカインの9割は
メキシコ経由で輸入されているという。

カルデロン大統領(メキシコ)は
『麻薬組織とは一切交渉しない』ことを公言し
麻薬撲滅まで麻薬戦争を戦い抜くことを誓っている。
しかし、その足元では、今年の11月に
麻薬取り締まりを担当する特別班の検察幹部が
麻薬組織から巨額の賄賂を受け取っていた疑いで
逮捕されるなど、麻薬組織側のゆさぶりも
国家組織に怯むことなく続いている。

メキシコの麻薬組織が
ここまだ巨大な力を持つようになった背景には
麻薬生産の拠点となり、1970年代に
米国で大流行したコカインの生産・加工・販売で
圧倒的なシェアを誇っていたコロンビアの麻薬組織
メデジン・カルテルの衰退によるもの大きいです。
メデジン・カルテルは、アンデスの山中
コロンビアの都市メデリンで作られた
麻薬密売者のネットワークであり
後の麻薬王『パブロ・エスコバル』によって
立ち上げられた、非常にゆるい組織です。

メデジン・カルテルのやり方は
まず、ペルーやボリビアから持ち込んだ
良質のコカインをメキシコ、プエルトルコ
ドミニカに売り込み、販路を確保。
そこから、さらに南北アメリカ大陸や
一部のアジアにも販売ルートを拡げ
最盛期には、世界のコカイン市場の
シェア8割を支配するまでになった。

そのため、エスコバル自身も世界で7番目の
大富豪となり、フォーブス誌に取り上げられたこともある。
しかし、あまりに強大な力を持ち
麻薬という国家の規律を崩壊させる危険のある物を広める
エスコバルは、コロンビア政府とアメリカ政府と
激しく対立することとなった。

また、エスコバルはメデリンの貧困層出身だったため
コカインにより得た莫大な資金を活用し
貧困層の住宅建設、サッカースタジアムの建設など
慈善事業に積極的であり、貧困層を中心とした
一部のメデリン市民の指示を得て、英雄視され
一時的には、国会議員を務めた。

莫大な資金と名声を得ることに
成功したエスコバルに対して
米政府とコロンビア政府は協定を結び
エスコバルを追い込んだ。

それに反発したエスコバルは
『賄賂か暗殺か』と称し、政治家・役人
裁判官への賄賂工作を活性化される一方
敵対者に対する暗殺・テロを敢行した。
結果、殺害された大統領候補3人
アビアンカ航空機203便の爆破
ボゴタの治安ビルの爆破を実行する。
完全にメデリンは無政府状態に陥った。

1991年、政府や敵対者との抗争に
疲れたエスコバルは、5年の服役と
アメリカ国内での裁判をしないことを条件に
コロンビア政府と手打ちし、自ら建設した
個人刑務所(サッカー場、ディスコ完備)に
収監された。もちろん、生活はすこぶる快適。
今まで通り、組織に指示を出し、気が向くと
メデリン市内に繰り出しては、買い物や
パーティ、サッカー観戦などを楽しんでいた。

しかし、この個人刑務所内での
2件の殺人事件が表面化し、とうとう世論も
おさまりがつかなくなったことを理由に
エスコバルを別の刑務所に移管しようと
計画が進められた。

1992年7月22日の移管の日。
エスコバルは、いつも通り
刑務官の前を堂々と歩いて
メデリン市内に出ると、そのまま失踪。

自分で建てた刑務所から脱走するという
前代未聞のコント的行為を行なったのである。

しかし、これがメデジン・カルテルに
大打撃を与える要因になってしまった。

逃げ出したエスコバルを
これはチャンスだ!仕留めよう!!と
思った、コロンビア政府
アメリカのデルタフォース
カリ・カルテル(敵対する麻薬組織)に
追われる身となってしまった。

さらに、独裁的で敵対する人間には
容赦することのなかったエスコバルを憎む
『Los Pepes』という闇グループからも
つけ狙われることとなり、この『Los Pepes』は
エスコバルの家族や手下300人以上を
殺害し、この被害により、メデジン・カルテルは
大打撃を受け、組織の弱体化に繋がった。
※『Los Pepes』とは、日本語で
『パブロ・エスコバルに迫害された者たち』の意味。

1993年12月2日。

中産階級住宅街の隠れ家にいたエスコバルが
息子と携帯電話で通話している時
コロンビア治安部隊の電波捜査班が
逆探知に成功し、その隠れ家をつきとめた。
治安部隊は、すぐさまエスコバルの隠れ家に
突入をし、屋根に逃げたエスコバルに対して
一斉射撃を与えた。

パブロ・エスコバル、享年43。

エスコバルを失ったメデジン・カルテルは
弱体化の一途を辿り、その後
幹部のほとんどが逮捕、あるいは殺害され
壊滅状態に追い込まれた。

次に麻薬ビジネスを牛耳ったのが
エスコバルと敵対していた
『カリ・カルテル』であった。
しかし、この『カリ・カルテル』も、
幹部であるロドリゲス兄弟が
1995年6月に逮捕され壊滅。
コロンビア麻薬戦争は
政府側の全面勝利に終わった。

二大麻薬カルテルの消滅で
世界に氾濫する麻薬の量は
減ったのか?と問われると
もちろん、そんなことはありません。

需要があるのに、供給されなくなった
麻薬を欲しいという人間は
もはや、世界にはごまんといるのです。

独占的だった、カルテルが崩壊したことで
コカイン農家は、麻薬産業が民主化されたと
新しい卸し先を探し始めたのです。
そして、ここでもまた、麻薬販売ルートの
確保のための内部抗争が激しくなり
その抗争を生き抜くために、地元武装勢力と
結びつくことが必然となってしまった。
それが、次の麻薬ビジネスの主役となる
左翼や極右民兵組織

つまり『反政府ゲリラ』である。

この麻薬の輸送ルート、販売ルート
そして、資金洗浄ルートは
中南米の経済問題も関わってきます。

中南米の貧しい国が
この麻薬ビジネスに加担しているのです。

麻薬ビジネスの甘い汁は
麻薬組織だけではなく
経済に苦しむ国家にとっても
甘い汁であることは、間違いないです。

その結果、経済大国である
アメリカからお金を得るために
メキシコが、アメリカに麻薬を売る。

アメリカから得た資金は
中南米に張り巡らされたルートを
辿り洗浄されていきます。
その洗浄に加担することは
麻薬ビジネスで得た、潤沢なマネーの
一部を手数料として頂くことになります。

そして、販売するための
麻薬を密輸するルートも同じく
中南米に張り巡らされ、それぞれが
少しずつ、その汁を啜っているわけです。

コロンビアの巨大カルテルが崩壊後
アメリカの国境警備が混乱している隙をつき
メキシコの麻薬カルテルが、その販路を
開拓に成功したことがメキシコ麻薬戦争の
発端となりました。

現在、メキシコからアメリカへの
販売ルートを封鎖しようと
メキシコ政府とアメリカ政府は
総力をあげて、メキシコの麻薬カルテルを
追い込んでいます。

メキシコからアメリカへの密輸が難しくなった麻薬は
買い手を失い、メキシコ国内にて安価で
販売され、メキシコ国内は、過度な麻薬汚染に
さらされているそうです。
※現在、米国内で純度の高いコカイン1gの
価格は118.70ドル。メキシコ国内では1gが
19ドルと急落しています。

現時点で、メキシコでの麻薬に関わる事件に於ける
死亡者は4000人を超えています。

負の連鎖は、この先も止まることはない。

【参考サイト】
パブロ・エスコバル【Wikipedia】
中南米で活況を呈する麻薬ビジネス【Jan Janニュース】
増えるメキシコの麻薬中毒者【産経ニュース】

《ジョニー・デップが麻薬王を演じた実話映画》


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posted by こにしとも at 23:54 | 東京 雨 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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