芸舞妓(まいこ)の人気が過熱し
外国人観光客やアマチュアカメラマンが
取り囲むため、住民らが
パトロールする事態になっている。
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テレビや映画で芸舞妓が取り上げられる機会が
増えたことで、被害がエスカレートしています。
私の生まれ育った土地でのことなので取り上げてみました。
こういうのを『野暮』というのでしょう。
しかし、この『野暮』という言葉
案外、その意味を知られていないようで
とりあえず『わかってない人』のことを
『野暮』と言ってることが多いのではないでしょうか?
『野暮』というものを
最もわかりやすく説明してくれる
例として、こんなのがあります。
ある日のこと。
道を歩いていたら、知人に遭遇。
『どこかお出かけですか?』
と、知人に聞かれたので
『ちょっと、野暮用で。』
と答えた。
すると、知人は
『野暮用って、何ですか?』
と聞き返してきた。
なんて『野暮』なヤツなんだろう…。
これが、私の中での『野暮』の定義となってます。
ちなみに『野暮』という言葉の正しい解説としては
○洗練されていないこと。
○垢抜けてないこと。
また、形容詞として『野暮ったい人』と
使われた場合は
○世情に疎く、人情や微妙な心の動きを
理解出来ない人。つまり、空気の読めない人。
のことを言うそうです。
そもそも、野暮というのは
遊郭などの事情に疎いことを
意味していたのを、その意味が転じて
洗練されてないことを差す言葉になったそうです。
ちなみに、祇園などの京の花街で
『野暮』と言われる客は
色んなお店に顔を出し
色んな芸舞妓を口説いてる客だそうです。
祇園という街は、そういう情報が
すぐに広まるもので、一度、行った店に
また舞い戻ったとしても、芸舞妓から
『ほうきのかみ』と
蔑まれるのがオチなのであります。
※注
『ほうきのかみ』と噂されると
花街では、死んだ人ということになります。
店に対しても『浮気はご法度』という
暗黙のルールが存在していたりします。
つまり、祇園で遊ぶなら
最低限のルールを理解してからでないと
遊ばせませんよ、という京都らしい
こだわりがあるのです。
私にとって、祇園で遊ぶことは
スポーツをすることと同じだと思います。
スポーツはルールを覚えて
その競技の技術を、ある程度まで
上げてからでないと、グラウンドには
立てなかったりするものです。
それと同じことを、求められるのが
祇園という花街なのだと思っています。
なので、ジョギング感覚で
マラソン大会に参加してしまった
人が、その洗礼を受け、もう走らない!
と言ってるのと同じように
祇園のルールをこなせるだけの体力(財力)と
知識(情報)を持たずに、祇園のグラウンドに
立つと、それはもう二度と行きたくない!
と思うに違いありません。
こういう祇園という街の
サービスの在り方を
どう思うかは、人それぞれだと思います。
さて、今回注目されているのが
その祇園で『野暮』な行為をしている人達のことです。
外国人観光客だけなら
まだしも、日本人の
アマチュアカメラマンは
いかがなものかと思います。
というのも、私も2年ほど前に
京都に戻った時、祇園をぶらぶらしていて
舞妓はんを撮影している、アマチュアカメラマンと
遭遇しました。無視して、横を通り過ぎようと
した時に、そのカメラマンが撮影に夢中になる
あまり、私にぶつかってきたのです。
一瞬、ムカっときましたが
揉め事を起こすのも嫌なので
そのまま通り過ごそうとしたら
そのカメラマンは言いましたよ。
『ちょっと、邪魔しないでくれる?』
お前が邪魔やねん!!
あれには、今でも思い出すと
腹が立って仕方ないです。
で、舞妓はんに
『もうちょっと、こっち見て』
とか指示を出したりしていて
舞妓はんも、かなり嫌な顔してました。
そこで、一悶着してると
結局、地元のオバサンが出てきて
そのカメラマンを追い出してくれました。
全てのアマチュアカメラマンが
そういうマナーを知らない人だとは思いません。
しかし、秋葉原みたいに
撮られることを目当てで来ている子とは
違って、ここで撮影が出来るのは
あくまでも、被写体の方がサービスを
してくれているからなのだという意識が
全然ない人もいるのです。
まるで、自分が撮影する写真は
有名カメラマンが撮影する写真と
同じくらい価値があると、勘違いしてる
アマチュアカメラマンがいるのですよ。
まさに、野暮。
そんなことで
住民がパトロールに出ないと
被害がおさまらない、この状況を
私は『野暮なヤツが増えたものだ』と思ってます。
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