高知県北西部の山間の地、檮原村(現梼原町)の韮ケ峠を越えて
伊予の国に足を踏み入れた。脱藩初日の一夜を過ごした
旧河辺村(愛媛県大洲市河辺町)では「龍馬脱藩の道」を掲げて
地域コミュニティーと観光の足がかりとし、松山市に隣接する
東温市の「坊っちゃん劇場」では龍馬を取り上げたミュージカルが脚光を浴びている。【ニュースはこちら】
2010年にNHK大河ドラマにおいて
福山雅治が坂本龍馬役を
演じるということからもわかるように
時代は坂本龍馬を求めているみたいです。
【福山雅治がNHK大河ドラマ主演!!】
さて、今回、龍馬ミュージカルを行なっている
『坊っちゃん劇場』は愛媛県東温市にある劇場です。
劇場の運営は『わらび座』と『ビージョイ』が
共同出資で設立した『株式会社ジョイ・アート』です。
2006年の4月22日に開業され
客席数452席、愛媛・四国・瀬戸内の
歴史文化伝統をテーマとした演目を上演しています。
その『坊っちゃん劇場』で
今、話題となっている龍馬ミュージカルは
ジェームス三木、作・演出で
『わらび座』の演目となっています。
わらび座とは、1951年に創立された
『海つばめ』という東京に設立された劇団が
前身となり、その後、秋田に拠点を移してから
劇団名を『わらび座』とする。
現在は秋田県仙北市の
たざわこ芸術村に本拠地を置き
総劇団員数は約200名。
日本では宝塚歌劇団、劇団四季に次ぐ
規模の大きな劇団であります。
また劇団運営の他に
『株式会社わらび座』として
劇場経営、温泉、ホテル事業
地ビールの製造販売など
多角経営をしていることでも有名です。
⇒劇団わらび座Webサイト
⇒坊っちゃん劇場
坂本龍馬といえば、素浪人の立場でありながら
薩長同盟の仲介人を行なったり
藩士や幕府の要人と、密接なやり取りをし
船中八策という国家体制の基本指針を作ったり
大政奉還の実現をさせたりした人です。
なぜ、素浪人の身でありながら
ここまでのことが出来たのか?
龍馬に関する研究は、専門家の方々が
沢山いらして、深く続けてますので
私には、あまりはっきりとは言えないのですが
一番、正しいのではないか?と思ってる説に
坂本龍馬は、幕末の商人トーマス・グラバーと
懇意にしており、このトーマス・グラバーは
イギリスのジャーディン・マセソン商会の
直系である『グラバー商会』を経営し、正式な肩書が
『マセソン商会長崎代理人』というものでありました。
龍馬は、このグラバー商会から銃器弾薬を
買い付け、それを長州藩に転売していました。
つまり、当時の龍馬の立場というのは
東洋最大手のイギリス武器商会の
『営業マン』というものであり
その肩書があったからこそ、あれだけ
多くの藩士、幕府の人間と接触できたのでは
ないでしょうか?つまり、龍馬にとって
幕末の志士も、幕府もお客様だったのです。
それを伝えるエピソードとして
龍馬は、早い時期から拳銃を所持し
刀を持つ知人達に『時代遅れだ!』と言って
拳銃を薦めたりしていたのだと思います。
坂本龍馬は、幕末の志士ではなく
『幕末という時代を手玉にとった
稀代の天才商人であった』
というのが、私の坂本龍馬評です。
そもそも、坂本龍馬の父親(坂本八平)は
武家としては最下層の郷士でしたが
本家の才谷屋は、酒屋、呉服等を扱う
豪商であり、上士よりも裕福な生活をするほど
儲かっていたそうであります。
また、八平自身も弓、槍などの武芸に優れ
学問や書にも精通していた人物で
『城下公方』と呼ばれるほどの経営手腕を見せ
城下において、大きな富を築いていたそうです。
つまり、龍馬の商人気質は
父親の血を引き継いだものであり
幼少の頃から、リアルな商売が
身近にあったことで商人としての手腕が
磨かれていたのではないでしょうか?
どうも、坂本龍馬というと
幕末の志士的な扱いを受けて
ドラマ化されることが多いですが
私は一度、商人としての龍馬に
光を当てた龍馬ドラマが観てみたいです。
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